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大阪ナイトクルーズ

17日。
大阪商工会議所主催の『お月見クルーズ』に参加した。
参加資格は、大阪検定合格者限定(合格者+1人までOK)という冠のついたイベントだ。

e0008223_21141974.jpg17日はちょうど満月。こりゃ行かにゃなるめーとばかりに、メールで早々に申し込んでいた。
が、当日は、重たい雲がじゃまして、お月さんは期待できないなーと思いつつも集合場所の八軒家浜へ。
受付を済ませ、いざいざ乗船。大阪水上バスさんhttp://suijo-bus.jp/のアクアminiは、こじんまりしているが、天井がとっぱらわれて開放感たっぷりの船で、船長さんのすぐ前の席に陣取り出航を待つ。

ここ八軒家浜は、その昔、京から淀川を下ってきた三十石船のゴール地点だった。(現在の地点は50mほど移動しておりますが)そして、この地が熊野詣のスタート地点なのだ。(というネタは過去のココで・・・)

水都大阪をアピールするためにここらの水辺を整備したんだが、今ひとつ盛り上がらぬ八軒家浜あたりに橋下クンもちょっぴり嘆いているとかいないとか・・・。

e0008223_21144725.jpg18:30出航!
そして、すぐさま乗客全員で「かんぱーい♪」
大川を下り、天神橋の手前で堂島川と土佐堀川に分かれる。
船は土佐堀川へ進路をとり、大阪にも川床を!と試験的オープンした北浜テラスのうちの1店舗『泉州旬味十六夜』さんに着岸。

そこでお弁当を積み込み、再び出航!
泉だこの炊いたん、ガッチョの唐揚、えび、出し巻、それからそれから・・・あ!松茸ごはん!

e0008223_21152924.jpg大阪検定をネタに会話できる相手が周りにいないので、今日ここへくるのが楽しみで楽しみで仕方なかったという人(うんうんわかるわかる)や、大阪出身じゃないけれど仕事の都合でいろいろ話すネタになればと受験して以来すっかり大阪にハマってしまって・・・という人、船場のことを調べるうち、あまりにもスキになりすぎて一家をあげて引っ越してきちゃったという人・・・。

はじめこそ初対面のもじもじさんばかりだったのが、いつのまにか打ち解けてワッハッハと船の上は大盛り上がり。"大阪検定"をキーワードに老若男女が集うっての、えぇなぁ・・・。
隣のおじさんが、「ほらほら見てみぃ」と空を指差すと、そこにはぼんやりとではあるけれどまんまるお月さんがあがっていた。

e0008223_2116370.jpg船はふたたび大川へ。
天満橋をくぐる。川崎橋のライトアップが夜空に映える。「キレーキレーキレー!」
川岸の桜並木もライトアップされていて、情緒たっぷり。
川面をライトが点滅しながらスーッと走っているのは、大阪市立大学のボート部だそうだ。「え?こんな夜に練習してるんですか?」と聞くと、「静かでいいんですよ」とのこと。なるほど。でも、ちょっと怖いなぁ。

左隣の席の方が「もうなくなっちゃったでしょ?はい、コレ」と、背負ってたリュックから缶チューハイを取り出して手渡してくださった。その後も、魔法のように何本も何本も出てくる、出てくる・・・。
赤ワインや、コップまで!「はい、回して回して・・・」
なんと段取りのえぇお方や・・・と、ボーゼンとしていると、この方が今回の大阪検定1級合格者サマだと紹介があった。
1級の合格者はたしか・・・1.8%、10人しか合格しなかった超難関だったはず!
「す、すごっ」と、たじろいでいるとさらに追い討ちをかけるように「最高点獲得者でもあります」とのアナウンスに二度ビックリ。
船内は、検定1級必勝法レクチャーで、さらに盛り上がる。

e0008223_21165144.jpg「もともとまち歩きがスキやったんです。どこにでも興味を持って、歩きに行きましたよ」
なるほどー。そうやんね、いくら本を丸覚えしたところで出題範囲が広すぎてキリがない。やっぱり自分の足で歩き、頭で考える。なにより大阪がすきやっちゅーことが大切なのよねーと、感心することしきり。

船は銀橋をくぐってUターン。
桜ノ宮橋ってのがホントの名前だけれど、大阪人は銀橋って言った方がとおりがいい。安藤忠雄の設計。
橋をくぐるたびに、橋の上をゆく人に皆で手を振る。すると、気づいてくれた人が手を振り返してくれる。
ね、いいでしょ?

昼間のクルーズは何度かあるけれど、夜もこりゃまたえぇもんですな
そんな会話がそこここで聞かれる。ほんまですねぇ・・・。”水都”大阪をもっともっとアピールしたらえぇのに・・・。

天神橋までもどった船は堂島川へと舵を切る。
阪神高速をくぐり、ライオンさんのいる難波橋、天神祭の神事を今も執り行うことが名前の由来である鉾流橋をくぐる。

e0008223_21183848.jpg中之島公園の野外レストランのお客さんに「おーいおーい」と手を振ったり、振られたり・・・。
ライトアップされた中央公会堂もステキ。

水晶橋は、水深が浅くなってて手前でUターンしてスタート地点の八軒家浜に到着。
大阪八百八橋。橋の数がどうこうよりも、ぜひ”水都”大阪を体験してほしい。

大阪えぇとこです。ほんまにえぇとこなんです。
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by ke-ko63 | 2010-10-29 21:31 | きれいなもん | Trackback | Comments(2)  

堺ぶらぶら -泉州あなご-

方違さんを出る頃に腹の虫が騒ぎだす。

堺まで来たんだし、ちょっと足を延ばして湊駅近くのお店へ…。
泉州のあなごを食わずして、帰れまっかいな!と、オーダーしたのはあなご天丼!
堺で水揚げされる泉州のあなごは、こぶりで身があまくておいしい。
昔、仕事先のえらいさんにごちそうになって以来忘れることのできない味なのだ。

揚げたてサクサクの衣を纏ったあなごが二匹どどーん!
あっという間にぺろりんちょ。

ごちそうさまでした。
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by ke-ko63 | 2010-08-23 22:20 | うまいもん | Trackback | Comments(8)  

堺ぶらぶら -方違神社-

みたび堺へ・・・。

前回、市役所ロビーから見た、世界遺産アッピール中の仁徳天皇陵(いや、今は大仙陵古墳とガッコでは教えている)の左手方向を指したガイドのおじさんが「ぜひぜひ!」と勧めてくださった方違神社が今回の目的。
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まちなかに、ぽこんとある方違神社は、「ほうちがい」と読む。

平安時代に流行した陰陽道の考えで、方角の吉凶を占い、出かける方角がよくない方角にあたる場合は、一旦別の方角へ出かけてからあらためて本来の目的の方角へ出かける・・・といったメンドクサイことを昔はやってはったらしいが、それは同じ字を書いて”方違え”(かたたがえ)と読む。

ご由緒によると、方違神社の鎮座する三国ヶ丘は、摂津の国と河内の国と和泉の国の3つの国の境界地点で、この国境地は摂津の国から見ると南にあり、和泉の国からは北にある。つまり南であり北でもあるので南北を相殺する。同様に東西も相殺しているため、当地には方角が無いとされ、旅に出るときや家を移るときにお参りをすれば、一挙に三国を旅したことになり、禁忌の方角がなくなり、おのずと「方違え」をしたことになると考えられてきたそうな。
ちょっと、無理やり感もありますが・・・(^_^;)

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三国ヶ丘という地名は、三国の境界地であることから昔から三国山や三国丘と呼ばれていたそうで、堺市の地名にも由来するのだそうだ。(知らなんだー)


e0008223_2262046.jpgそして、ここ方違さんは、古くは神功皇后が朝鮮平定する折に、この地で方災除をおこなったとされ、また後鳥羽天皇など歴代天皇や、平清盛、徳川家康、弘法大師空海など歴史上のスター達も、この地を訪れたとご由緒に記されている。(スゲー!)

市役所ロビーのガイドのおじさんの話では、東京遷都の折にも当時の天皇が、おこもりになられたのだそうだ。

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神社の向こうに見えるのは、反正天皇陵。なんでも、歯並びがきれいでとってもイケメンだったらしい。仁徳さんの第3皇子。

イケメン皇子も気になるけれど、もっとワタシのハートを掴んで離さなかったのは、神社のすぐ隣にある”御稜庵
門前そば”。ハートじゃなくて胃袋か・・・。
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by ke-ko63 | 2010-08-19 22:08 | すごいもん | Trackback | Comments(2)  

ヤッター!!

8/10。
第2回大阪検定合格発表の日。

郵便で届いた通知書を恐る恐る開封します。ドキドキドキ…。


ヤッターッ!


ギリッギリセーフの合格です。ウレシー。ほんまにウレシー。

昨年の2級合格率は71.4%。今年は、17.2%ですよ、すごいでしょ?いやー、ほんまウレシイ。

とゆーことで、今宵はひとり祝勝会です。いや、ほんま。めっちゃうれしい…
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by ke-ko63 | 2010-08-10 21:15 | しゃーわせーなもん | Trackback | Comments(12)  

堺ぶらぶら -旧堺灯台-

大浜へ向かう。
もののはじまりなんでも堺。そう、学生相撲も堺が発祥なのだとか。
その学生相撲が行われている体育館駐車場に車を停め、旧堺灯台へ。
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おじさんがひとり、海に向かってたそがれていた。
たしかに、一日ぼんやりして過ごすことが決して退屈に感じないだろう景色だ。

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by ke-ko63 | 2010-08-08 21:40 | きれいなもん | Trackback | Comments(2)  

堺ぶらぶら -目指せ!世界遺産-

堺市役所を出て、通りをはさんで向かいに堺東観光案内所という看板が見えたので入ってみる。
昔は、こんなんなかった。"堺を観光する"って概念が先ずなかったもん。
入ってすぐのところに、数台の自転車が置いてあり、レンタサイクルの案内が掲示されていた。そうか!堺と言えば自転車やないですか!
それゆえレンタルしてくれるチャリーもなかなかの高級車揃い。そしてレンタル料金が1日300円!太っ腹!

「堺は、ぜひ自転車で回ってほしい。町並みをゆっくり眺めながら自転車で観光してほしい」
妙国寺のガイドのおっちゃんがそう言ってたのを思い出した。

入り口には、お金かかってそうなパンフレットがたくさん置いてあり、あらためて世界遺産に打って出た堺のハンパない心意気を感じる。
みやげものコーナーで見つけた、いつも店の前大行列の”かん袋”のくるみ餅を前によだれダラダラ流しているワタシに声をかけてきたココの係のおねぃさんがおもしろくて、しばしいろいろと話をする。

そのおねぃさんによると、最近の教科書には仁徳天皇陵のことを大仙陵と書いてあるらしく、世界遺産への申請も今回二度目。前回は、仁徳天皇そのものがいてはったんかどーかが解明されてないらしく、仁徳天皇陵での申請は失敗に終わったんだそうだ。
というわけで、今回は仁徳さん一本で行く作戦を、周辺の古墳をひっくるめて百舌鳥古墳群とし、羽曳野・藤井寺付近に広がる古市古墳群とセットで世界遺産へアタックしたのだとか。
この作戦が成功し、めでたく暫定リストに追加されたのだとか。

なるほど。
ワタシがガッコの頃は、仁徳天皇陵とならったのにそれが今のコらは、大仙陵と習ってるのね。
仁徳天皇の墓かどうかわからなんだら調査発掘してみたらえぇんちゃうのん?って思ってみたりもするけれど、それは宮内庁が絶対許可しないのだとか。なんでやろ?掘ってみなわからんやん?

ま、それはこっちゃに置いといて、世界遺産スケールではある古墳群。登録されるとよいわいなぁ…
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by ke-ko63 | 2010-08-01 20:49 | すごいもん | Trackback | Comments(0)  

堺ぶらぶら -仁徳陵-

堺市役所21F展望ロビーから堺のまちをぐるっと一望できる。
ガイドのおじさん貸切で、窓から見える東西南北を細かく案内していただく。
中でも、やはりこの高さから見てあらためて「うおぉぉ~っ!」と驚嘆するのは仁徳天皇稜。
そう、学校で習った世界一の古墳、そして、前方後円墳といえば泣く子も黙る(かどーかは知らんけれども)仁徳天皇稜だ。
その全貌を21Fから見下ろすことができるのだ。
「スゲーーーッ!」

昔、クルマで近くを通りかかったとき、「なに!この緑の森は?」とマヌケにはてな顔のワタシは、「あほか!ここが仁徳天皇陵やがな!そんなことも知らんとは、ニッポンジンの風上にもおけんやっちゃ!」と同乗者に大喝されたっけ。
しかし、ここは宮内庁のテリトリーゆえ、一切立ち入り禁止。近くて遠いミステリアスゾーンなのだ。

教科書で【ザ・前方後円墳】のあの独特の鍵型墳墓の写真はみたことはあっても、わが目でこうして高い位置から見下ろすのは恐れ多いことなれど、初めての経験。これはこれはほんまに「スゲーーーーッ!」なのだ。
仁徳天皇は、高津宮から民の暮らしぶりを見て3年先まで免税したというなかなかやり手な天皇だ。
あらためてスケールのでかい天皇さんやったんやなーなんて21Fから仁王立ちして見下ろしながら納得する。
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古墳の長さは486メートル!広さは47万平方メートル!(そうそうこれも大阪検定に出るんちゃうかなぁーと覚えたっけ)とガイドのおじさんは胸を張って言う。
エジプトのクフ王のピアミッド・中国の秦の始皇帝の墓よりも大きく、甲子園球場12コ分の広さです!
小鼻全開のおじさんの"どや顔"を見上げながらも、贅沢な貸し切りガイドを拝聴する。

仁徳天皇陵の北と南には仁徳天皇の子供である反正天皇の反正陵古墳と履中天皇の履中陵古墳があり、この3つをあわせて、百舌鳥耳原三陵と呼んで最近売り出し中なのだそうだ。おぉ!古墳銀座ですやんかいさ!
今、堺は、この百舌鳥古墳群と古市の古墳群をセットにして世界遺産登録申請しているのだそうだ。

たっぷり時間をかけて展望ロビーをガイドしてもらい、おじさんにお礼を言って別れる。
仁徳陵、仁徳陵とおじさんが言うのにちょっこし違和感を感じる。だって、ガッコで習ったのは”仁徳天皇陵”やもん・・・。と、考えてるうちにエレベータは地上へ降りたった。
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by ke-ko63 | 2010-07-27 22:47 | すごいもん | Trackback | Comments(2)  

堺ぶらぶら -堺市役所-

南宗寺をあとにして、堺東まで出る。
おぉ!懐かしの堺東やんかいさー!
昔むかーーーしの高校生の頃、難波から堺東まで準急で出て、そこから各停に乗り換えて通学しておったン十年前。学校サボって駅のトイレで私服に着替え、映画見たり、マクドでくっちゃべったりして遊んだのもココだったし、初めてバイトしたのもココだった。

その駅前にギュィーンとそびえる堺市役所。これにはたまげた。
でかっ!高っ!
いつの間にこんなんできてたん?

なんとかと煙は高いところが好きといいますが、まさしくそのとおり。高いビル見たら登りとなるんです。
で、エレベータで21F展望ロビーへ・・・。

おぉ!これはすばらしい!360°堺の街が一望ですやん!
こないだ訪れた妙国寺の方角を見ては、あすこはあぁやった、こうやったと思いに耽り、また、さっき行った南宗寺の方角を見ては、恩義とは何かに思いを馳せたりしてブツブツつぶやいてると、おじさんが声をかけてきた。
「よろしければガイドしましょうか?」とな!
振り返ると、妙国寺、南宗寺にいらっしゃったガイドのおっちゃんたちと同じジャンパーを着た方だった。
そう、この方もこちらに常駐されてるNPO法人ボランティアガイドの方だった。

うっひょー!ほんまですか?やったー!

ということで、ガイドをお願いした。
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by ke-ko63 | 2010-07-24 23:15 | すごいもん | Trackback | Comments(0)  

堺ぶらぶら -南宗寺5- (ちと長いです)

家康の墓再建の発起人に名を連ねた松下幸之助。
今は、パナソニックに名前を変えたけれども、経営の神様と言えばこの人を置いて他にはいないでしょうな。
そんな松下幸之助が、ナゼに名前を連ねているのか?
「たしか、四天王寺さんの極楽門再建にも寄付してたよな。どうせ金持ちの道楽ちゃうんな・・・」と内心いちゃもんつけながらガイドのおっちゃんの話を聞く。

松下幸之助が、四天王寺さん門前の道端に電気器具を並べて売っていた時にチンピラにからまれた。そのとき通りかかった三木啓次郎に助けられ、「何を売っているのか?」と訊ねられた幸之助は、自身が発明した二股ソケットについて話し、きっと売れると思うけれど資金繰りがうまくいかずに困っていることを啓次郎に話す。(そうそう二股ソケット!去年の大阪検定にも出題されたやっちゃ!)

話を聞いた啓次郎は水戸に持ってる田畑を担保に金策し、幸之助に貸した。(オットコマエー!)
以来、松下幸之助の後見人となり、四天王寺さんの極楽門や浅草の雷門への莫大な寄付も三木啓次郎の助言に従ったのだそうだ。(道楽ちゃうかったんですね。すんませーん)
その恩義を忘れず、啓次郎の"家康の墓再建話"にも快く賛同したのだそうだ。(えぇハナシやー)

そやけど。
先祖(三木之次)が家康の代からの家老であった啓次郎が、いくら大御所様とはいえ、なんでそこまでして家康に忠義を尽くすんやろ?
えぇハナシにはウラがある!と信じて疑わない汚れちまったワタシには、どうもフに落ちない。

そんな疑りぶかい目でおっちゃんガイドの話を聞いていたらば、おっちゃん突然「水戸黄門って知ってる?」と、ご指名だ。「水戸黄門知らん日本人はおらんでしょー」と、途中参加のおばちゃん軍団の中から声があがった。
あっかるーいナッショナール、あっかるーいナッショナール、ウチじゅうみんなーなーんでもナッショーナールゥ~♪の歌とともに始まるナショナル劇場やんかいさー!と、一節歌った(小さい声でですよぅ)ところでハタと気づいた!ナショナル!

「今は、パナソニックと社名を変えましたが」と前置きしたおっちゃんガイドは、(この辺キッチリしてはるみたいでして・・・)
"気づいた?"とアイコンタクトをとってくる。
「水戸黄門の放映スタートの1969年からこれまでずっとナショナル(現パナソニック)の一社提供なんです。これも、松下幸之助の鶴の一声だったそうで、三木啓次郎への恩義を忘れなかったんでしょうなぁ・・・」

たしかに。三木啓次郎の祖先は水戸徳川家の家臣だけれども・・・なんで黄門さまなん?
「実は・・・」と、たっぷりタメてからおっちゃんガイドは話を続けた。
「徳川頼房(家康の11男)の子を身ごもった女性の堕胎を命じられた家臣である三木之次は、命令に背き密かに自邸にて出産させた。その子が後の光圀、そう、黄門さまなのです」

ガ━━━(゜ロ゜;)━━ン!!
すごい!すごすぎる!
たしかに、明治から昭和にかけて黄門さまネタが講談では大ヒットし、広く庶民に知られていたとはいえ、ここでご老公さまと松下幸之助がつながってくるとは・・・。
諸国を漫遊したかどうかはナゾらしいけれど、三木啓次郎の先祖が命令に背かなんだら、月曜8時のお楽しみはなかったのかと思うと、なんともはや、まったくもって・・・。まいったでござるよ。

今は、社名変更に伴い"ナショナル劇場"から"パナソニックドラマシアター"と、ステキにハイカラなタイトルに変ってるらしいけれど、そんなもろもろの思いをひっさげて久しぶりにご老公さまを拝見してみようかなと思いつつ南宗寺をあとにした。
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by ke-ko63 | 2010-07-22 22:09 | かっくいーもん | Trackback | Comments(2)  

堺ぶらぶら -南宗寺4-

e0008223_23394081.jpg仏殿の次に案内されたのは、大きな石碑(?)の前。
ちょっとした広場になっており、向こうには唐門といわれる門が建つ。国の登録文化財だそーで、ずいぶんご立派。

「今、みなさんが立っているところにかつて東照宮があったのです。先の大戦で焼失しましたが・・・」
たいそう残念そうに解説するおっちゃん。
「え?東照宮って日光東照宮のあのトウショウグウ?」とぽかーんとたずねるワタシに、「東照宮があったということは・・・わかりますね?」と、クイズ司会者もどきに出題するおっちゃん。
「ん?んんんんーーーっ!!」
「唐門の瓦にあしらわれている紋所を見てください。」とおっちゃんが指差す方を見たワタシ、「おぉ!三つ葉葵の紋所!とゆーことは・・・黄門さま?」と思わず叫ぶ。


e0008223_2340346.jpg「テレビ見すぎ!今まで家康公の話してたんやけどねぇ・・・」とガイドのおっちゃんにツッコまれ、しょぼん。
「そう、東照大権現をおまつりしているんです、真正面にあるこの石碑の文字読めますか?」とさらなる出題。
「徳川家康墓!!うおぉーーっ!」と見学者一同。


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(それにしても、まだ真新しいんじゃないの?)そんな我々の疑問を察知したのか、「ささ、こっちに来て・・」とおっちゃんは、巨大家康の墓の裏手に誘う。
そこに刻まれてる名前は当時(昭和42年)の南宗寺住職、堺市長、国務大臣、茨城県知事とそうそうたるメンバーだ。さらには、当時の松下電器会長 松下幸之助!おぉ!
そして、先頭に徳川家康臣水戸徳川家初代家老 三木仁衛之次 子孫 三木啓次郎の名前。
先の4人は、まぁわからんでもないけれど、なんで松下幸之助?そんでもって家康初代家老の末裔?といぶかしく思いつつガイドのおっちゃんの解説を待つ。

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by ke-ko63 | 2010-07-15 23:43 | すごいもん | Trackback | Comments(2)