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関ヶ原越え その2 すんきそば

妻籠・馬籠宿へ向かいます。
よくテレビの旅番組でみかけるトコですな。
でもワタシには人生初の妻籠・馬籠宿です。
ちょうど脇本陣を公開しており、中へ入るとガイドさんが当時の暮らしぶりなどを丁寧に解説してくださっていて、興味深かったです。
島崎藤村ゆかりの家だとかで、「ほほぉーっえぇトコの子ォやったんや…」と妙に関心。
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街道筋は、もうこのまま時代劇に使えそうな佇まいで風情があります。
それにしても寒い寒い…。お腹がグーグーなるけど、甘味処や蕎麦屋もあるけど日も暮れてきたのでそのまま馬籠へ。

馬籠に着き、石畳の坂道をうらうらと下りはじめたものの、お店はもうほぼ閉店…。
1軒だけまだ開いてた民芸品店で、どうしても欲しかった木曽馬をかたどったワラで作られた春駒を親子でゲットン。
これでウチにも春が舞い込んでくるに違いない!
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あぁ、お腹すいたー。すっかり日も暮れてしまい、やっと入った蕎麦屋で珍しいメニューを発見。

すんきそば。
見た目はアレですけど、これアリです。うんまかったなぁー。
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※すんき・・・かぶ菜を細かく刻んで乳酸発酵させた木曽地方伝統の保存食で、日本で唯一の塩を使わない漬物だそうです。ちょっと酸味があってこれが後引きます。

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by ke-ko63 | 2013-01-18 12:01 | うまいもん | Trackback | Comments(4)  

今年もあと少しですなー 涙

1週間ばかりウチを空けておりました。
お遍路以外でこんな長期間ウチを空けるのは、母の病室に泊まりこみしていた以来。

年の瀬なのになーにやってんだか・・・。タハッ

週末からは、越前ガニ食いたいなーって思い立ち福井へ遠征。
民宿のおばちゃんがとてもあったかくて豪快で頼もしいおっかちゃんみたいな人で、目の前は日本海の荒波だけど、ほっこりとした1泊2日でした。そうそう民宿なのに24時間入浴できる内湯の温泉もよかった。
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             身ぃぎっしり詰まって(゚д゚)ウマ-っ
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             セコガニも(゚д゚)ウマ-っ
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             カニ刺し(゚д゚)ウマ-っ
カニは期待以上の旨さ。それにもまして日本海のサカナの旨さはサカナ嫌いな人もぺろりと平らげるほどの鮮度で、いやはやもうたまりませんな。
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カンパチごりごり・甘エビとろとろ・ヒラメも甘くて(゚д゚)ウマ-
帰りは岐阜に下って合掌造りを見に遠回り。
白川郷しかしらなかったけれど、立ち寄った相倉合掌造り集落ってところはこじんまりしていて観光ズレしてなくていい感じです。秋篠宮も贔屓にしてるのだとか。ふふーん。
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白川郷をスルーして向かった先の合掌造りの資料館を出ると、外はいつの間にかぼたん雪が舞い落ちてきてなんともいえない佇まいに、合掌造りには雪が似合うなぁと先人の知恵とセンスにうっとりと見とれておりました。(ウチの中のつくりもとても理にかなっている設計なんですなー)
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その足で、御母衣ダムにある荘川桜に会いに行きました。
水上勉の『櫻守』に出てくる荘川桜に、いつか会いに行きたいと念願していた樹齢400年超の巨木。
ダムに沈む運命だったのを、桜に人生のすべてをかけた笹部新太郎が見事に移植させた物語は何度読んでも感動する一冊。
その荘川桜にやっと会うことができました。

ぼたん雪はやがて吹雪になり、桜はすっぽりと雪に覆われて、何度も雪に埋もれながらやっとたどり着いた桜の大木に触れたときはなんともいえない感激で、涙が溢れて止まらなくなりました。
もちろん花は1輪たりとも咲いてはいないけれど、みんなが集まる花の頃じゃないけれどワタシには枝に積もった雪が花のように見えたし、なによりこんなに寒いところで大きく枝を広げて風雪にじっと耐えているその姿に、漲る生命力を感じました。
「生きぃ~よぉ~」ってギャグを持ちネタにしている漫才師の言葉をなぜかふっと思い出して、いや、うん、たしかに桜がそう言ってくれたと思います。
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何があっても生きやなあかんのです。生かされてる限りは生きやなあかんのです。
この1週間の締めくくりにそれを決意させてくれた荘川桜。花の時期やのーて、この吹雪の中で対面させてもらえたことも必然だったように思います。


って、今年もあと4日。
今、掃除も年賀状もおせちの買い物もなーんにも手付かずな我が家でコタツに入ってブログ更新してるバカが一人おります。あーぁ、まいったなぁ…。でも、生きるでぇ~!
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by ke-ko63 | 2012-12-27 11:58 | うまいもん | Trackback | Comments(6)  

夏遍路トレーニング -なまず初体験-

クルマは最終目的地へ。

千代保稲荷の参道駐車場にクルマをとめる。
が、あちこち欲張って見物したため時間がかなり厳しくなっていた。すでに17時を回っている。
参道沿いのほとんどのお店がもう今日の営業を終了しており、聞かされていた”ワチャワチャした参道の雰囲気”というのを体感することはできなかった。

それでも、まだ数軒やっているお店があり、ちょいと覗いては冷やかす。
珍しいなと思ったのは、串カツ屋?さん。
それも、"◯本いくら"じゃなくて、勝手につまんで食べた串の数を自己申告して精算するという大らかなシステムだった。食い逃げとか心配ないのかしら…なんて思うのはヨソモンだけなのだろう。まぁ、それは参道だからなのかもしれない。

そうそう、「草餅が名物で、たくさんお店があるんですよ」とも教わっていたが、1軒だけまだあいてるお店があってそこでゲットン♪
「10個入りくださいなー」とウキウキするワタシに、「そんなにたくさん食べれるの?!」と驚いて横槍を入れられたけど、「えぇ、ぺろりなんです。」と答えた。
(事実、帰宅して2日でぺろりでした。おいしかったなー。)
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次々に閉店していく参道のお店を横目に見ながら、目的の千代保稲荷へ向かう。
地元の人々からは親しみを込めて"おちょぼさん"と呼ばれているこのお稲荷さんは、伏見稲荷、豊川稲荷と並ぶ日本三大稲荷大社のひとつなのだとか。
なのに、たどり着いたのはとてもこじんまりとしたお社で、可愛らしい小さな『本殿』と呼ぶには口はばったいようなお稲荷さんだった。
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おちょぼさんって、どういう意味なんですか?と訊ねると、「よくは知らないけれどおちょぼ口と関係あるんじゃないかなぁ…」という回答。
ほんとかなぁ…と調べてみるとまるっきり違う縁起だった。テケトーなことを教えなさんな!…ヽ(`Д´)ノ

『来月8月のお盆遍路をどうぞ無事にゴールできますように…』

商売繁盛のお稲荷さんにお願いすることではないのかもしれないけれど、トレーニングも終盤、やることやったらあとは神頼みしか残されていないのだ。まんまんちゃん、あんっ なのだ。


神さんにお願いした後は、今回のトレーニング最終仕上げである"夏遍路のためのスタミナ補給"だ。
夏のスタミナといえば、鰻。ここいらはおいしい鰻を食わせる店があるんですか?と訊ねると、少し笑って「鰻よりあっさりしていてでもうまいんです鯰は…。」という言葉が返ってきた。

へっ?鯰?なーまーずー?なまず?あの、地震を予知するって言うキャツですか?
大きな赤い鳥居をくぐり抜けたところにあるお店がまだ開いていたので、そこへ入る。
座敷に通され、メニューを見るとほんとに”なまずの蒲焼”という一品が書かれていて驚く。
このあたりは、川魚料理が名物なのだそうだが川魚=なまず という発想はワタシには斬新だった。
が、しかし秋篠宮殿下がこの店でナマズをお召し上がりになった翌年に男児ご誕生という実績が、店のあちこちに掲示されていてちょっと苦笑。
「なまずってそんな薬効もあるんですか?」という問には答えてもらえなかった。

オーダーメニューのテーマは、"スタミナ補給"ということで、とりあえずビール。(ドライバーさんごめんなさい。)
そして・・・
・鰻の白焼きe0008223_23393875.jpg

・どじょうの唐揚げe0008223_23402675.jpg

・なまずの蒲焼e0008223_23404156.jpg

をオーダー。
やや、補給というより過剰な気もするが、ま、それほど夏遍路にはスタミナが必要だということで…
他にも2、3品、そして岐阜の地酒もおいしかったぁ。
写真がブレブレなのはゴキゲンさんできこしめしてたってこってす。
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なまずについては、メニューに"時価"の二文字。
恐る恐る箸を伸ばしてみたそのお味は、『上品なカレイのような味』という感じが一番近いかもしれない。
鰻ほど脂っこくないけれど、コラーゲンはたっぷりっぽい。身がやらかくて意外と繊細なお味だ。

「なまずって食べられるんですね。もっと泥臭いイメージだったんだけどなー。臭みも全くないですね。なまず養殖してもっとたくさん出せばいいのに…。」
と、初めて食すモノに嬉々としてはしゃぐ。
見た目はかなり…アレですけど、でも、意外と…っていうと語弊があるかもしれないけれど美味しかったなぁ…。

スタミナもMAXになったところで、岐阜羽島まで送ってもらい新幹線で帰阪する。
どのへんがトレーニング?とも思うけれど、いや、スタミナチャージだけ取り上げても有意義な一日。

数年ぶりの夏遍路まであと3日。
さてさてどうなりますやら…


                                  おしまい
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by ke-ko63 | 2011-09-05 23:45 | うまいもん | Trackback | Comments(0)  

夏遍路トレーニング - 徳山ダム -


しばらく走るうち、雨が落ちてきた。
どこへでかけても、あまり雨に見舞われることのないワタシ。でも、ほんのわずかの間うたた寝をしたそのタイミングに降りだした雨は、激しさを増しフロントガラスを叩く。

どしゃ降りの中、クルマが止まり助手席のドアが開くと同時に傘をさしかけてもらう。いつの間にか「濡れてもいいように」とサンダルまで用意して下さっていた。

ここはどこですか?と訊ねると、「徳山ダムです。知りませんか?」

「東海3県の水量確保と、揖斐川の治水のためにダム建設が計画され反対運動などもあったけれど、最終的には建設が強行され、そのためにひとつの村がダム湖に沈んだ。
でも、ほんとのところ建設中にもダムの必要性を疑問視する意見も多く、完成してみると当初の計画とはずいぶん時勢も変わり、水がめとして確保しなければならないほどの水量も実は必要なかった。
コンクリートで固めることのできないゆるい地盤に岩石や土砂を積み上げて建設するロックフィルダムと呼ばれるタイプで、堤高、貯水量ともに日本最大級の多目的ダムなんです。」
と、説明して下さった。

巨大なダムを展望台の柵越しに見下ろす。
無機質の人工建造物は、見物客の足元にぱっくりと口を開いてまるで何かを飲み込むように、我々を見上げているようだ。

遠くに雷鳴が聞こえる。
雨足がさらに激しくなった。


ダムとダム湖の境目の散策路を歩く。
右にダム、左にはそのダム建設のためにひとつの村が沈むダム湖。
村の名前を残すために、徳山湖と名付けられても、そこに暮らしていた人の気持ちはどうなんだろう?

気がつくと、いつの間にか雨は上がっていた。
「そろそろ戻りましょうか」と声をかけられて気がついた。

さっきの雨がウソのように、眩しい日が射してきて、ぼんやり歩いている間、濡れないように差しかけてもらっていた傘は、眩しくないように日射しを避けるための傘になっていた。
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by ke-ko63 | 2011-09-03 20:14 | さみしーもん | Trackback | Comments(0)  

夏遍路トレーニング - 淡墨桜 -

道の駅を出て、しばらく走るうち、ついウトウトと眠ってしまった。
クルマのドアがバタンと閉まる音で目が覚め、どこかの公園のようなところに止まったようだ。

あとについて、少し歩くと枝を大きく広げた巨木が、いきなり目に飛び込んできた。
巨木だけれど老木らしく、幾本ものつっかい棒に広げた枝を支えられたその姿は痛々しいような、それでいて雄々しいような、近づくことさえ憚られるような、そんな神秘的なオーラをまとっていた。

淡墨桜。
継体天皇お手植えの樹齢1500年を越えるエドヒガンザクラの古木であり、大雪や台風に幾度も見舞われ枯死寸前だったのを、多くの人の手で復活させたのだそうだ。
また、淡墨桜という名前の由来は、蕾のときは薄いピンク、満開に至っては白色、散りぎわには特異の淡い墨色になり、淡墨桜の名はこの散りぎわの花びらの色にちなむ。(wikiより)

当然、いまは花の時季ではないけれど、四方に20m以上も広げたその枝ぶりは、たくさんの手でひとりでも多くの人を救ってあげたいという千手観音のようにも見えて、それはそれは力がみなぎっているのだ。遠目に眺めても(根を保護するために保護柵が張り巡らされてある)存在感をアピールするに足りる樹勢なのだ。

継体天皇が、この地を去るときにお手植えされたのだそうだが、その時に詠んだ歌が説明板に書かれていた。

"身の代と遺す桜は薄住みよ千代に其の名を栄盛へ止むる"
(みのしろとのこすさくらはうすずみよちよにそのなをさかえとどむる)
継体天皇は、この地にわずかの間しか暮らすことはできなかった(=薄住み=淡墨)
しかし、慣れ親しんだこの地を去るにあたって名残の歌を残したのだと言い伝えられているそうだ。

花をつけていなくてもこれだけのパワーをもつ淡墨桜に、なかば、頭がぼぅっとしながら見つめる。
今は、2代目、3代目の淡墨桜の若木が周辺に植えられており、これらがまた次の時代につながっていくのだろう。

帰宅して淡墨桜について調べてみた。
枯死寸前のこの桜を世に知らしめ、そして生き返らせるという偉業のきっかけは、宇野千代だったそうだ。
そして小説"薄墨の桜"を図書館で借りた。
読み進むうち、昔、桜の季節に"桜"のついたタイトルの小説を片っ端から読んだ記憶が蘇る。その中にこの一冊もあったのだ。ただ、これは途中で読むのをやめてしまっていたけれど、今回は改めて宇野千代のこの作品を最後まで一気に読んだ。


淡墨桜に対する思い。
来春、もし、見ることが叶うなら、きっとこの桜を、淡墨桜を見たいと思う。
そんな風に季節を大事にしたいと思う、来春は…。もし、見ることが叶うなら…。
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by ke-ko63 | 2011-09-01 00:06 | しゃーわせーなもん | Trackback | Comments(2)  

夏遍路トレーニング - ダチョーン(谷啓調で) -

横蔵寺を出て、ちょいと遅めのお昼ごはんへ…。

クルマはずいぶん走って、ある道の駅に滑りこむ。
趣味が"道の駅"であるワタシにとって、このうえないゴチソウ・・・って、ちゃうやん、今は買い物よりもお腹がグーグーなのよ。
と、内心( `_ゝ´)ムッとしながら、後をついていくと併設のレストランへ入っていく。

「ダチョウって食べたことあります?」

と、いきなり聞かれ意味がわからなんだ。
「ダチョウって、あの、「ヤーッ!」ってやる三人組?」と両手を前につきだして聞き返すと、「じゃなくて、世界最大の鳥のダチョウ!」と返ってきた。
あんまり冗談通じんのよね┐(´д`)┌ヤレヤレ

「ダチョウって食用だっけ?真ん中の人は肉付きよさそうだけど…」と更に食い下がると、「だからそのダチョウじゃなくって!」
ボケただけじゃんか。(´Д`)ハァ…

メニューを見ると、ほんとにダチョウ(肉)料理を提供しているようだった。
どれにしようかなぁ…とメニューを選んでいてふと周りのみなさんは何をオーダーしているのかと思い、あたりを見回してみると、家族連れや、熟年カポー、子連れのヤンママなどさまざまな客層だけれども、そのいずれもがダチョウ料理を食べておらず、うどんやスパゲチーといった無難なメニューをチョイスしているのだ。

「ココって、ダチョウ料理がオススメなんですか?」とツアコンさんに確認すると「うん、たぶん…」という心許ない返事。
"Σ(゚Д゚;エーッ!! イチオシじゃないの?なんで連れてきたの?つーか誰も食べてないじゃんかー!"
と、内心激しくツアコンさんをなじりまくるワタシ。(声に出してはよう言いませんので。)

「食べたことないんですか?」と訊ねると、「ダチョウコロッケならある」とのこと。
"こ、コロッケて、アータ。んなもん芋に紛れて味わからんでしょーが!"とこれも心の叫び。
「でも、ダチョウっぽい味がしたよ」との追加情報に、"ダチョウっぽい味ってどんなんやねん!"と苛立ちもピークに…。

が、しかし、ここで無難にきつねうどんや、ミートスパゲチーなんかをオーダーすると戦わずして敗北を認めるような気がしたワタシは、敢えて真正面からダチョウ肉を食ってやる!と心に決め、メニューの中で最もダチョウ肉をダイレクトに味わうことのできそうな(ま、ある意味バクチですけど)ダチョウの陶板焼き定食をオーダーすることにした。

「オトコマエっ!」とワタシを絶賛しつつツアコンさんがオーダーしたのは、ダチョウのハンバーグ定食。チョイスの理由は「万が一…な味でも、ハンバーグソースでなんとかなると思うから」だった。

"ナヌーーーっ!そんな女々しい理由かいっ!"
と、もちろんコレも魂の叫びだ。
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ダチョウだよなぁ。肉硬くないんだろ-か?噛み切れるんだろーか?ギシギシ言いながらアゴがだるくなるほど噛まなきゃなんないとかだったりしたら…。
臭みあるんかな?鳥といえどもあいつら獰猛ちっくだからなぁ…すんごくケモノ臭かったりして…

オトコマエな決断を鈍らせるのか?てなくらいにオーダーした料理が運ばれてくるのを待つ間、ダチョウに対するありとあらゆるネガティブな想像をふくらませるツアコンさん。
ま、ハンバーグだったらそーゆー心配もなさそーだし…Ψ(`∀´)Ψケケケ なんて暴言まで吐くのだ。ヒトデナシ。(ll゚∀゚)

ずいぶん待たされて運ばれてきたダチョウ肉の陶板焼きは、言われなければ赤身の牛肉のような食感で臭みもなく、ちょいと弾力のある鶏肉のようなさっぱりした後味だった。
「ん。意外とおいしい!(゚д゚)」と思ったので「食べてみます?」と一切れあげると「うまい!」と言って、その後一切れ残らず食べられてしまった。やっぱりヒトデナシ。(TωT)
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-帰宅して調べてみると、ここの地場産業としてダチョウの養殖をやってるそうで、もうちょっと山手にダチョウ牧場があるそうです。-

道の駅「夜叉ヶ池の里 さかうち」
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by ke-ko63 | 2011-08-30 19:31 | うまいもん | Trackback | Comments(2)  

夏遍路トレーニング - 両界山 横蔵寺2 -

ふんどしの隙間からおかっぱの女の子をのぞかせている深沙大将立像の前で涙流して笑ってると、係のおばちゃんが戻ってきて話して下さった。

「この仏様はそれはそれは力の強い仏様だから、ひとつだけ一生懸命にお願いすれば叶えてくださるのよ。だから、何かお願いするといいわよ。ね?」

なぜかウィンクしてそう言って下さったけれど、急に言われても何をお願いすればいいのやら…。必ず叶えてくださると聞くと、"宝くじが当たりますように"とか"痩せてべっぴんさんになりますように"とか、そんなレベルの願い事ではもったいない。
これはもう自力ではとうてい叶いっこないような壮大な野望をお願いして叶えていただきたいけれど、はて壮大な野望っていったいなんだろ…。
うーん…

腕組みして叶えていただきたい野望をあれこれ考えて(結構あるんです^_^;)いると、「じゃ、そろそろ次ぎ行きます」とツアコンさんの招集命令がかかった。

ウィンクおばさんに「お願いごとした?」てな顔で見送られ、隣のお堂へ…。
「いよいよミイラです」とガイドされながら、靴を脱いで畳敷のお堂の中へ入ると、すでに5、6人のおばちゃんグループがいて、神妙な顔でおっちんしてカセットテープの解説を聞いていた。

ツアコンさんは、子供の頃に一度来たことがあるそうで"勝手知ったる…"な様子でおっちんグループには加わらず、そのまま上座に設置されている厨子へ向かうと「ほら」と厨子の中の方へ目配せした。

「ん?」と思って目線の先にあるものを覗き込むと、そこにはからっからに干からびたおじーさんが…いや、これがミイラなのね。

妙心上人は仏道修行のため、西国、坂東、秩父の三十三ヶ所、四国八十八ヶ所を巡ったあと、長野の善光寺で受戒し、富士山に登って後は富士講の先達を勤めた。
その後、山梨の御正体山の洞窟で断食し入定されたのが1815年なのだそうだ。(横蔵寺パンフレットより抜粋)

座ったまま両手を組んで、やや右に傾いだ姿勢のままの妙心上人の舎利仏は、ぽっかりと大きく落ち窪んだ両目と、今も経文を唱えているかのような開いた口の表情を下から覗き込んでいると、吸い込まれそうな迫力があって、慌ててのけぞった。

入定したとき34歳という年齢からみても、かなりじーさん化して見える。ミイラになってからも歳はとるのだろうか?
今年ミイラになって196年ということだそうだが、保存するための人工の加工は一切なされていないのだそうだ。
明治天皇行幸がきっかけで故郷の横蔵に帰ってきてこちらにお祀りされるようになり、妙心上人は地元の誇りです。みたいなことをしきりに係のおばちゃんがおっしゃっていた。

カセットテープによる解説がまた始まった。一日に何度も同じ説明するのは疲れるんだろうけど、やっぱり味気ないなと思ってしまう。
解説はほとんど聞かず、舎利佛の前で二人でお経を唱えた。
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by ke-ko63 | 2011-08-28 12:25 | こわいもん | Trackback | Comments(2)  

夏遍路トレーニング - 両界山 横蔵寺 -

むし養いに鮎の塩焼きを食べたあと、さらに山奥へと走る。
「次は、ミイラを見に行きます」というツアコンさんの予告に、「゚(∀) ゚ エッ?」聞き違い?と思いながらもヒグラシの啼く鄙びたお寺に到着。
両界山横蔵寺。

蝉とりなのか、おとーちゃんと一緒に虫採り網を振り回している小さなボクがいた。
首からぶら下げた虫取りカゴの中は空。戦利品はまだのようだ。

もみじの新緑が涼やかな山寺の雰囲気を助けていて、しっとりとした"わび・さび"ムード満点だ。(あまりに見事な景色に、写真を撮るのを忘れてうっとりとほーけてみとれておりました♡)
山門へと続く壁は、「ん?穴太衆の仕事か?」な見事な石組みで、木造の寂れた山門には、いらっしゃる筈の仁王様がお留守のご様子。
「あら、コンビニでも行かはったんかしら…?」

さっきの華厳寺に比べて、参詣者もまばらでひっそりとした境内を歩いて行くと、お堂の前にいたおばちゃんに手招きされた。「はいはい。こっちこっちー。イラッシャーイ」
お寺の拝観で呼び込みに遭うのは初めてかもしれない…。なんだか無視できないオーラを発しているおばちゃんに引き寄せられるようにお堂へ入ると、「はい300円」と手をパーにしてまんまと徴収される。

センターに立派な伽藍があり、近くに寄るとその中に円筒形の小さな厨子が安置されていた。ご本尊は、伝教大師が背たろーてここに安置することに決めたというありがたーい薬師如来像。ただしこれは60年に1度の御開帳だとかで、厨子の扉はぴったりと閉じられていた。(T_T)

お堂の中は、十二神将がずらりと勢ぞろいで、おばちゃんの説明によると干支によって守護神が決まっているのだとか。「えーっと、じゃあワタシはこの人だね。あんじょう守ってくださいやー。」と、該当の干支の神さんの前でお願いする。(誰かはヒミツ)

他にも坐像の大日如来さんもいらしたが、ワタシの目を釘付けにしたのはセンターの厨子の向かって左手に立像でポージングしている仏像だ。
木造深沙大将立像。
解説を読むと、三蔵法師と共に旅をした沙悟浄のモデルなんだとか…。
そうかなぁ。髪の毛は逆立っちゃって、目ん玉はこれでもかってなくらい飛び出てる。そして、なぜか裸体にフンドシ。まぁ、それはいい、問題はその小さなフンドシから何故かおかっぱ頭のおんなの子が顔を出しているのだ。位置的にも微妙…。なんでそこにいるのだ?
それともこの沙悟浄は、フンドシにリカちゃん人形を差し込んでいるのか?いちびってるのか?どうなのよ?

おばちゃんに尋ねようとしたけれど、他の参詣客をゲットすべく外にでてしまっていて不在。
隣にいてフツーの表情で同じ像を見ているツアコンさんに恐る恐る尋ねてみた。

「あれはカンガルーのこどもなんです」

これにはウケた。しばらくツボにはまって笑いが止まらんかった。いや、スゴイ。おもろすぎ。
国の重要文化財を前に、ゲラゲラ笑うワタシに怪訝な顔のツアコンさん。
持ち場に戻ってきたおばちゃんも、変な顔でワタシを見てた。

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※画像は、パンフレットより。シロクロだからわかりにくい?ほら、フンドシのところから「コンニチワー」でしょ?
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by ke-ko63 | 2011-08-25 22:49 | へんなもん | Trackback | Comments(2)  

夏遍路トレーニング - 谷汲山華厳寺 -

伊吹山登頂成功!というにはちょっと気が引けるけれども、山頂駐車場からほんのちょっとの登山で登頂し、期待はずれだったけれどもヤマトタケルくんにも会い、伊吹牛乳もおいしくいただき、眼下に琵琶湖を臨むこともできた。

せっかくここまで来たんだし…。
とゆーことで、夏遍路トレーニングの後は付近を観光することに・・・。
先輩にはここでツアコンになっていただく。よろしくー。(*^-^)ノ

クルマで走って、西国三十三ヶ所三十三番札所の谷汲山華厳寺へ。
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西国三十三ヶ所巡礼を半分以上終えているとはいえ、ここ最近はすっかりご無沙汰している。
ま、ウチのババ(母親)、友達、友達の義理のねーさん、友達の幼なじみという一個小隊で巡礼するとなるとなかなかスケジュール調整が難しい。一番最後に行ったのは、去年の春、ウチのババと二人で行った竹生島の宝厳寺だ。
とゆーことは、また一個小隊で動く時に再訪することになるかもしれない。
そう、だからワタシの場合、33ヶ所+αでゴールとなる予定なのだ。
姫路の圓教寺なんて3回お参りしてたりするのだ。そんな調子なので巡礼は遅々として進まず、なので満願の日なんてほんとに来るのか?と思う今日この頃。

そんな思いをひっさげて、お寺へと続く参道を歩く。
さすが満願の札所、(四国遍路は結願というけれど西国は満願というんですなぁ)参道両脇は茶店や、参拝グッズ、表装店などが軒を並べ賑わっている。これまでお参りした西国の札所にはない雰囲気をかもしだしている。
いつの日かここを再び歩いて満願の日を迎えるんだろーか?ほんとに迎える日がくるんだろーか?と思いつつ、参道を歩く、歩く、歩く・・・って結構距離あるのね。とゆーか、早朝に出立してきてるのでお腹グーグーなってるんスけどォ…

石段を上って重厚な本堂へ…。
「いつかゴールできますように…」とお願いしてお参りする。
ここでツアコンさんに経本を手渡され、「せっかくだから観音経を唱えましょうか」と言われる。
般若心経ならまだなんとかなるけれど、観音経って・・・「?」と思ってるうちに、唱え始めた。(暗誦してはるんです)あらあらはじめちゃったよぅ…。見慣れぬ漢字とリズムに読経についてくことすらできずに経本の字を追っかける。それに、長っ!めっちゃ長いやん…。(;∀;)
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しどろもどろでお参りをしたあと、本堂左手脇に"戒壇巡り"の看板があるのを見つけた。
「行ってみましょうか」というツアコンさんの先導で、番人のように座っているおじさんに100円を払って(正しくはオゴってもらいました。)地下へと続く階段を下りていく。
階段を下りて、戒壇めぐり。はい、ざぶとん没収…とかひとりブツブツ思いつつ、そもそも戒壇ってなんなのさ?(で、帰宅してからウィキってみると、ほほーっ、なるほど、そゆことでしたか。)

地下へ下りるともう右も左も真っ暗闇じゃあござんせんか。
まったく視界が利かない場所というのはこないに人間を不安にさせるのか?と、初めて戒壇巡りをしたときに思った。四国八十八ヶ所のどこかの札所の観音様の胎内巡りだったけか?奈良の信貴山にもありましたな。

今回はツアコンさんが先導してくださるので安心、ということもなく、やはり人間は目から得る情報量にかなり依存しているということなのかとあらためて感じる。
あたりをまさぐってると右に手すりがあり、それを触りながら歩いていたが、なんだかしっとりしているその手すり、おそらく暗闇に怯えた人々のいやぁな汗が染みこんでしまっているのかもしれない。そのしっとり感が奥へ進むに連れじっとり感へ移ろっていくので、手すりを触るのをやめ左の壁をなぞりながら進む。

途中、少し登りになってたり後半に急に下りになってたりで、ちょいと焦るが無事光が見えて出口へ…。
明るいってほんとにありがたいと心底思う。暗闇から外の世界へ出ていくということは生まれ変わりをも意味しているらしく、たしかにちょっぴりそんな気分もわからないではない。
が、先に出口を出たツアコンさんはいきなり「うまれましたーヽ( ´¬`)ノ ワ~イ」とか言ってチョケてるのでご利益はどうなんだろ?

その後、西国巡礼で着ていた白衣やお杖がびっしりと納められている笈摺堂や、子供の健やかな成長を願うのかたくさんのよだれかけが奉納されている子安堂などを見てまわる。

本堂の柱には銅製の鯉がしつらえてあって、西国満願した巡礼は、この鯉をなでて精進落しをするのだそうだ。
さぁ、そんな日はいつくるんだろうか?つーか、たぶんだいぶ先になるだろーからちょいと前倒してナデナデしてこの先ナマグサモノ食べてもいいように言い訳にする。エヘヘ。
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そんなこと企んでたらお腹がますますグーグー鳴り出しましたよぅ。お昼はまだですかー?と騒ぐワタシに取り急ぎあてがわれたのは、参道の茶店で炭火焼されていた鮎の塩焼き。あぁ、うんまい、うんまい。
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by ke-ko63 | 2011-08-24 21:32 | しゃーわせーなもん | Trackback | Comments(6)