雪中行軍 宇和の彷徨-2010年越し遍路23-

長屋門を入ったところで時計をみると、のんびりお城を楽しむ余裕がないことが判明。
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天守閣に向かうルートは、2つ。右は緩やかなスロープだけどちょいと遠回りっぽいような説明板があったので、迷ったけれど左手の苔むした石段コースをとる。

この石段が自然石をそのまま階段状にしているようなゴツゴツした石段で、段差がなかなかなシロモノ。
観光案内所のおねぃさんは、登山口(!)から天守閣まで20分てところでしょうか?なんて言ってたから、駆け上がるしかない!そうですよ、"登山口"から駆け上がってんですよぅ。(´Д`)ハァ…

e0008223_2311620.jpg※途中にあった古い井戸。これ見てる時まではまだまだ余裕があったんですよ

すぐに息があがってくる。そりゃそーだ。
ぜぇはぁぜぇはぁ息を喘がせながらやっとの思いで登頂成功。
真冬に汗だく。今日はお遍路オフデーなのにオンデーのときよりキツい山登りとはこれいかに?

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やっと息が整って顔を上げると、目の前に城がババーンと立っていた。いや、立ってたんですよぅ。なんていうか「ちっさっ」って思ったのはナイショ。

美しい!
築城の名手、藤堂高虎が手がけた別名『鶴島城』と呼ばれるこの城は、1671年の大改修以来当時の姿をそのまま今にとどめているのだそうだ。(観光案内パンフより)

そうそう時間がなかったんだった。
急いで受付で見学料を払い、いよいよ入城!

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三層三階建てのそんなに大きくもない城のてっぺんにいくために、またここでもっすごい勾配の階段を昇る。それも段差がハンパない。
いや、攻めこんでくる敵を想定してるからこその難儀な設計なんだろーけどさ。しんどすぎる。お遍路泣かせ。いや、お遍路じゃない人も泣いてるよきっと。ほら、あのご婦人も、そっちのじーさんも・・・(T_T)

じーさんで思い出した!天守入り口近くに掛かっていた肖像画。
宇和島8代藩主伊達宗城公だ。
四賢侯のひとりとして有名な彼は、身分や因習にとらわれることなく、新しいものはどんどん取り入れて宇和島の藩政改革をはかり、日本で始めて完全日本製の蒸気船を作らせたり、逃亡中の高野長英を匿い、蘭学書を翻訳させたりといったこともやってのけた。それは司馬遼太郎の『花神』にも何度も登場する。

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そんなステキな殿様は、洋装で肖像画におさまり見学者を高いところから見下ろしていたが、その表情がどうにもいじわるじじぃである。(写真はちょっとわかりにくいか)
なるほど、天守までの道のり、そして天守のてっぺんまでの心臓破りの階段、フフン、昇れるもんなら昇ってみやがれってフキダシをつけるとちょうどいい。
今日はお遍路オフデーだから、ブーブー文句言ってもOKな日なのだ。うん。

3階まで昇る階段で何度も心が折れながらやっと到着。ハヒー ┐(´д`)┌
風がすぅ~っと吹き抜けた。見ると・・・。あぁ・・・。なんという景色、なんという眺めなんだっ!!
しばし言葉が出なかった。あぁ、アタシャこれを見るために数々の艱難辛苦を乗り越えてきたのだねぇ。

宇和島バンザイ!宗城サイコーーーー♫
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しかし、天守を下りて海の方向を見ても同様の景色を見ることができたのでした。てっぺんからしか見えないって値打ちを探したけど見つかりませなんだ。_| ̄|○
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by ke-ko63 | 2011-03-10 23:29 | お遍路に行きたい | Trackback | Comments(2)  

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Commented by mikeblog at 2011-03-14 23:09
きれいな海。いつも海はこんなに平和なんだけどね。地震なんか来ずにいつまでもきれいでいてほしいです。
Commented by ke-ko63 at 2011-03-17 22:59
>ミケさん

今になっては、この写真に違った印象をもってしまいます。自分で撮っておきながら…。

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