常楽寺から国分寺へ -第2回お遍路行18-

e0008223_2134695.jpg14番常楽寺。あぁ、また階段ですかぃ。とほほ。手すりにつかまり本堂へ。
階段を上りきったところで目の前に広がるのは『流水岩の庭』と呼ばれるぼこぼこ岩の波景色。ごつごつした岩肌がまるで流れる水のごとくということか。
観光で訪れたのなら「オーワンダホー!」と思ったろうが、歩き遍路を泣かせる岩肌よ。歩きにくいんスけど…とボヤキつつ足元をたしかめながら本堂へお参り、そして大師堂へも。

階段をへぃこら上っているときに「おはようございます」と中学生くらいの女の子が階段をほうきで掃いている手をとめて挨拶してくれた。大師堂のお線香をあげるところにも小学生くらいの男の子が掃き掃除をしていた。
まだ幼い男の子は、掃除よりも地面を這うアリを見ることに熱中していて「おはよう」というワタシの声にビクッと驚いたようで、それを照れるように小さい声で「おはようございます」と返してくれた。
彼らはお寺に併設されている児童養護施設の子供たちだろう。とてもキチンと礼儀正しい。
そんな彼らの姿にちょっと反省し、お参りを終えて階段を下りていると、さっきの女の子が「がんばってくださいね」とニッコリ微笑んでくれた。「はい。ありがとう・・・」と答えたけれどすでに涙目だったワタシは彼女の方を見ることができなかった。(ごめんね。)


e0008223_21351349.jpg15番国分寺までは1キロ。すぐに到着。
おぉ古刹て感じな佇まい。山門にて一礼、手を洗い口をすすいで鐘のところへ…。今朝の一発目華々しくならしてみよう!と紐を引っ張りゴーンと撞いてみるが、勢いが足りず「ぐももぉ~ん」という今ひとつな音色。
ま、いいや。誰も聞いてないし…と鐘撞き堂の石段を降りようとすると「そんなつきかたじゃぁーだめだ!」といいながら小走りでやってくるおじさんと目が合った。
きょとーんとしているワタシに目線を合わせたまま鐘撞き堂の下まで走りこんでやってきたおじさんは、「いいかい?紐をぐっと握る、そして前へ押す、押した反動を利用して後ろへ思い切り引く、その勢いでゴーン!さ、やってみて!」とジェスチャー交えて撞き方指南をしてくださる。

鐘ってそう何回も撞いていいものなのか?と思えども、せっかく鐘撞き指導してくださっていることだし、言われるままに撞いてみると「ンゴォォォ~~ンッ」ともっすごい大きな音がなった。
頭の中でいつまでも鐘の音が反響する。紐を握ったまま再び師匠の方を見ると、「うむうむ…」といった具合に首を上下に振り「OK」サインをいただいた。
(鐘の撞き方指導というお接待は、はじめてやなぁ…。)と石段を下り、改めてお礼を言おうとすると師匠の姿はすでにそこにはなく視線を上げると駐車場のほうへ颯爽と走っていく後姿を見つけた。

この師匠のお接待は鐘撞き指導だけではなかった…。
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by ke-ko63 | 2008-09-05 16:00 | お遍路に行きたい | Trackback | Comments(2)  

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Commented by mikeblog at 2008-09-06 00:30
お寺には階段がつき物です。なんで?修行の意味?そういえば修験道なんて全部山登りみたいなものだしー。そう考えると都会の駅は階段も多いし地下鉄なんか登り降りが長い階段です。みんな修行中なんでしょうね。田舎の駅?行けばすぐ乗れるの、階段も無く入り口もひとつ(どこからでも入れたりするけど)修行が足らんです。でももう車だから何年も乗ったことがないですねー。

鐘の音は意外に大きくてビックリです。連打は止めるように!と書いてありませんでしたか?30秒以上間を取ること、とか。火事と間違えるんだそうです。それに今は鐘搗きもコンピューターで自動になっているところが多いですね。お坊さんも修行が足らん!。
Commented by ke-ko63 at 2008-09-06 19:23
>ミケさん
お遍路途中で会う地元の人々も口々にゆーてはったのが、「あんたら都会の人の方が足腰はつよいはず」でした。理由はミケさんの言うとおり。そうかー地下鉄ののぼりおりは修行と思えばいいのか。でも最近はエレベータ・エスカレータ完備だったりするから、やっぱり修業は足りんのかもねぇ…
鐘つきを半鐘チックに叩こうと思ったらかなりの筋トレが必要かも・・・。フフフ。

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